新春2大特集 その2
なぜ今、中国なのか
中国ライブマーケット最新事情
本誌を発行する日本音楽制作者連盟のグローバルビジネスプロジェクトとして、 2018年8月に、日本の音楽を中国に届けることを目的としたプラットフォーム 「MUSIC CHANNEL J」がスタートした。そこに関わる3名に、“なぜ今、中国なのか” といったことを含め、中国のライブマーケットの最新事情をお聞きした。
text:吉田幸司 photo:岡本麻衣(ODD JOB LTD.)
中国に行くと、こんなにファンがいるんだ ということを実感できると思うんです。

座談会出席者
(写真左から)横澤優さん(株式会社アソジア代表取締役)、田島敏さん(株式会社ヒップランドミュージックコーポレーション代表取締役社長)、山内学さん(株式会社アミューズ アジア事業部 部長/Amuse上海総経理)
なぜ今、中国なのか?
2018年8月にスタートしたMUSIC CHANNEL J(以下MCJ)ですが、なぜ中国なのか、なぜ今なのか、まずはそこからおうかがいできればと思います。
田島そもそもは音制連のグローバルビジネスプロジェクトで海外に焦点を当てるにあたり、世界的にデジタルディストリビューションが主流になっているなか、どうしたら音源をそうした場に置けるかということから始まりました。配信事業者との手続きや契約についての研究ですね。2016年の秋だったと思いますが、ある程度その目処がたったんです。具体的にはMerlin(世界各地のインディーズレーベルを扱うデジタルライツエージェンシー)と、その周辺にある様々な機能も含めて話が進んでいたんです。いっぽうで、ちょうどその頃、TIMM(東京国際ミュージック・マーケット)などでも中国のことが取り上げられるようになってきたんですね。ただ、個人的な部分で言うと“中国って面白そうだけど、実情がどうなっているのかはよくわからないよね”というのがあったんですよ。
気にはなってきたけど情報がない。
田島そうです。それから年が明けて、2017年3月にうちのThe fin.が中国でツアーをやったんですね。8ヶ所くらいやったんですけど、上海と北京公演を観に行ったら、街が近代化されていて、人々にすごく活気があるだけじゃなく、ものすごくお金がまわっている感じがしたんです。ライブに来る人たちもセンスが良いし、しかも上海と北京で1,000人売り切っていて、ほかの会場も800人規模がほぼ売り切れていたんです。“これは可能性があるな”というのを非常に身近に感じたんですね。その後、そんな話を中国から帰ってきて周りの人としていたら、それこそ個人レベルで興味を持っていたり、すでにやっていたりする人たちがいっぱいいたんですけど、やっぱり“わからないこともいっぱいあるよね”と。であれば、そのグローバルビジネスプロジェクトのほうで中国を次のテーマに選んで、フォーカスしてやろうというのがことの始まりですね。

「MUSIC CHANNEL J」とは?
日本のアーティストを中国現地の音楽ファンやプロモーター等の音楽業界関係者に向けて情報発信する、公式なプラットフォーム。2018年8月に公式スタートし、現在は、第1弾フィーチュアリングアーティスト9組([Alexandros]、THE ORAL CIGARETTES、Suchmos、TOTALFAT、toconoma、Nulbarich、秦 基博、向井太一、凛として時雨)の新曲や中国でのライブなどの情報、MVやコメント動画、取材などのオフィシャルニュースを発信している(フィーチュアリングアーティストは今後増やしていく予定)。
山内状況が整い始めていたというか、ファンとして日本の音楽に興味を持っている人たちがいて、日本のアーティストを招へいする中国の会社が増えたり、さらにいろいろなレーベルが中国の大手の配信会社と契約の準備を進めているという話が出始めている時期だったんです。そういうなかで、“行ってみたいけどよくわからない”というアーティスト側の人たちの後押しができればということですね、始まりは。
横澤私は長い間中国で仕事をしてきましたが、この2年くらい、日本の音楽に対して追い風が吹いているなというのはすごく感じています。今山内さんがおっしゃったように、原盤の活用機会が配信会社の成熟と合法化によって増えたので、それで日本の音楽を取りにきていると。中華圏、欧米、韓流のアーティストはすでに頻繁に行ってましたが、中国にとって日本の音楽というのは未開拓ですから。それともうひとつ、いわゆる政治的な問題で日本のアーティストに目が向いてきたというのもあるんですよ。
中国に行きたい方の手助けを
現在は第1段階として、中国のTwitterと言われるWeiboを使って日本のアーティストの情報発信をしていますね。
2016年に始まった、韓流文化を規制する、いわゆる“禁韓令”ですね。
横澤はい。そのぶん目が向いてきた。なので、この機会に日本のアーティストにもっともっと中国に出ていっていただくための、そのとっかかりになればと思ったんです。
山内中国でライブをやると、これまで自分の未知の世界にこんなにファンがいるんだということを実感できたとおっしゃるアーティストさんが多いです。なので、これから、たくさんの日本のアーティストに中国、アジアに行っていただいて、成功する形をたくさん作っていければなと思っています。

田島 敏さん(株式会社ヒップランドミュージックコーポレーション代表取締役社長)
一般社団法人日本音楽制作者連盟理事でもあり、プロダクションビジネス研究会/グローバルビジネスPTの座長として、「MUSIC CHANNEL J」の立ち上げに関わる。
山内日本のアーティストを中国の人たちに見てもらって、「知ってるよ」とか「このアーティストいいね」みたいな会話ができるようなプラットフォームを作れたらと思っています。そして現地のプロモーターからも、日本のアーティストを呼びたいならここに相談すれば話が早い、みたいな役割も果たせるようにしたい。アーティストの宣伝と、アーティストが活躍できる場面をつなぐわかりやすい窓口のようなことも果たせればと思っています。もっと言うと、このサイト発信でフェスができるようなことも目指して、影響力を持てるようになりたいです。
横澤あともうひとつ大事なのは、日本の人気の余力で通用するような国ではないので、やっぱり中国という国を見据えた動きをしなければいけないということですね。だからMCJは、自分たちは中国でがんばりたいんだということをアピールするプラットフォームであるべきだと思っています。
知っておきたい中国事情
他国のSNSはほぼ使えない
中国ではFacebook、Instagram、LINE、Google、Twitter、YouTubeなどほとんどのソーシャルメディアが使えない。代わりに、Weibo、WeChat、Baidu、youkuなど中国独自のソーシャルメディアやサイトアプリが発達している。
まず第1弾フィーチュアリングアーティストとして9組を選びました([Alexandros]、THE ORAL CIGARETTES、Suchmos、TOTALFAT、toconoma、Nulbarich、秦 基博、向井太一、凛として時雨)。これは現地の人たちにヒアリングして決めたそうですね。
田島もちろんこちらからの“行きたい”という意識表示は必要ですが、やはり中国の人たちの視点で、どういうアーティストがいいとか、どういうアーティストに来てほしいとか、まずそこから始まったんです。それを絞り込んでいって、様々な条件を満たしていったのがこの9組なんですね。
山内すでに大きな会場でライブを成功されている方ということではなく、これからトライしたいという方たちのなかで、現地プロモーターとか、中国のいろいろな音楽ビジネスに携わっている人に話をうかがったうえで、日本側アーティストとしてもポジティブである、というところの兼ね合いを考慮しての着地点ですね。

山内 学さん(株式会社アミューズ アジア事業部 部長/Amuse上海総経理)
2013年にアミューズ上海を設立し、自社他社問わず、日本人アーティストのライブの主催や制作をはじめ、中国大陸で幅広くエンタテインメント事業に関わっている。
次の段階として、中国のプロモーターとのマッチングみたいなこともしていきたいそうですが、そこに関してはNulbarichという具体的な着地例がすでにあるようですね。
山内ちょうど12月7、8日に上海と広州でパフォーマンスをしていただきました。このサイトを始めて、Nulbarichに興味があるというお話をいただいて、じゃあ一度相談してみましょうと。そうしたらNulbarich側も海外でやっていきたいという考えがあったので、上海と広州でイベントに出ていただくというところに着地したんです。ひとつのモデルケースとして今後もこういうことがどんどん増えていけばいいですね、ということで、マッチングという観点ではひとつスタートはできたかなと思いますね。
中国で成功するには?
日本のアーティストが中国でどうすれば成功できそうか、そのアドバイスもいただければと思います。
山内成功の方法、僕も知りたいです(笑)。まだやってみないとわからないトライの連続しかない時期かなと思っています。要は、日本で人気があるから中国でたくさんお客さんが入るかというと、そういうことではないですし。意外と日本より中国ライブのほうがお客さんが入るアーティストもいたりするわけですよ。そこが海外マーケットの難しさというか、面白さというか。その数字が読めないからこそ、オンライン上に音源や動画があって、それがどれくらい再生されているかだったりが算出根拠になるんです。そのアーティストのライブをやるうえで、音楽サイト上でのファンの数やどれくらい再生されているかって、すごく大事な判断材料なんですね。なので、そのためにはまず、その判断材料のテーブルに乗るか乗らないかというのがひとつあるわけですよ。
そもそも音源なり映像なりがオンライン上にないと始まらないという。
山内そうなんです。現地のプロモーターもそのなかで探していくというか。好きだからだけでは成り立たないので。最初の根拠を出すためには、どうしてもちゃんと音源なり動画なりがあるべきなんです。
横澤だから、まず必要なのは“やる気”なんです。
田島そこ大事ですよね。

横澤 優さん(株式会社アソジア代表取締役)
1995年にポニーキャニオン上海に駐在して以降、特に中華圏との音楽ビジネスに関わる。2010年にアソジアを設立し、日本人アーティストのエージェント、エリアマネージメントなどを行っている。
横澤あと思うのは、中国の若者たちにウケている音楽のジャンルは幅広いんですが、ニッチなジャンルだとしても、人口が多いのでそれだけでライブは成り立ったりするんです。ただ、そこをピックアップしてあげたいんですが、それがプロモーターのビジネスのレイヤーに行くまでには“差”があるんですよ。その差を埋めてあげなきゃいけない。たとえば、日本のアーティストでこういうアーティストがいて、今中国ですごいんだよということを中国側にも教えてあげなきゃいけないんです。そこは意外と中国のプロモーターもわかっていない人が多くて。やはり、ある程度数字が見えているものじゃないと投資していかないようなところがあるので、“いやそんなことないんだよ、今若者たちの間でこれはすごい人気があるんだよ”ということをちゃんと説得してあげる。その判断材料になるような存在感もMCJには必要だと思っていますね。
情報の共有が大切
山内あとは、日本って“後から契約”が多いじゃないですか。中国は契約社会なので、基本的に契約書が存在して、約束事はすべてそこに書いてあるんですね。とはいえ、やはり日本ではないので。自分らが普通に思っていることが、必ずしも現地の人からすると普通ではないというのはあります。なので、契約書確認も大切なんです。さらには、契約に書かないような細かなところの違いを事前に理解して仕事をすること。それにおいては、音制連のなかでもいろいろな情報を共有していければと思っていて。日本のアーティストが来られる件数が増えて情報量が増えてきているので、それを共有して、いろいろなことがよりスムーズになっていけばいいなと思っています。
MCJは情報共有の場にもなるという。
山内これまで、特に中国ってInstagramが使えないとか、要は情報が得られる場所がなかったんですけど、このサイトができたことでユーザーや仕事として興味を持つ方が情報を得られるようになったわけですし。興味ある方がいれば、僕らなりにいろいろな形で応援できるので、わからないことがあれば投げていただければと思います。トライしたいアーティストが増えてきていることが実感できたから始まったサイトなので、あと一歩背中を押すみたいなところで、やはり一番何が必要かって、音楽があって、伝達があってこそファンが生まれるというか。情報が集まるからファンが集まって、券売とか集客につながっていくみたいな、いい流れが組めていくように今努力していて。日本のアーティストが出ていくときの応援ができるサイトにしていくためにも、いろいろなアーティストのご協力をあおげればと思っています。
田島結局一番にあるのは、やはり海外にもっと目を向けていってほしいということなんですね。特に中国は近いってこともあるし、いろいろなインフラも整いつつあるので。もっともっとアーティストがいろいろなところに羽ばたいていけるような、そのひとつになれたらいいなと思っています。アーティストには“行きたい”とか“行くぞ”という気持ちをぜひ持ってほしい。まずはそれが大前提ですね。
横澤そして、そのときに我々がいますから安心してください、ということですね。