ライブハウス店長インタビュー

vol.43 新宿JAM 石塚明彦さん

vol.43 新宿JAM 石塚明彦さん

今年の12月31日をもって、老朽化したビルの取り壊しにより閉店する新宿JAM。敷居の低いハコだと思っていると店長の石塚さんは笑うが、様々な人々が集うのは店長の人柄もあってこそ。そんな新宿JAMの魅力を、あらためてうかがった。

text:野中ミサキ(NaNo.works) photo:岡本麻衣(ODD JOB LTD.)

むしろ何をやってもいいっていう雰囲気があって、
ライブハウスのセオリーみたいなものを無視できたんですよ。

ほぼ毎日「これからどうするんですか?」って聞かれています

今年12月31日をもっての閉店が決定してしまいましたね。37年もの歴史がある“ザ・東京アンダーグラウンド”なライブハウスがなくなってしまうのは、個人的にもさみしいです。

ありがたいことに気にしてくれる人がたくさんいて。ほぼ毎日「これからどうするんですか?」って聞かれています(笑)。

SNSなどでも惜しむ声がたくさん上がっていますね。そこにも表れていますけど、JAMへのイメージって、面白いほど人によって違うんですよね。

そうなんですよ。僕、12年前にJAM自体のことをよく知らないまま転勤みたいな感じで働くことになったんですけど、そのときも周りがいろんなことを言うので戸惑いましたね。「ギターロックの聖地である!」と言う人もいれば「ガレージだ!」「パンクだ!」と言う人もいるし、それに加えて、いわゆるJAM出身と言われるバンドなんかが混沌としていて。思うに、JAMは新宿にあるほかのハコとくらべてノルマが安いし、前店長の高野さんも敷居の低い人だったので(笑)、いろんな人が出入りするハコになったんじゃないかなと。

石塚さんはJAMで店長をされるまで太陽の塔、Unlimited Broadcastというバンドで活動をされていらっしゃったそうですね。当時、経験したことのないライブハウス運営を任されることへの戸惑いはありませんでしたか?

実は僕がJAMに来たとき、「近々店を閉めるかもしれない」っていう噂が立つような状況だったんですよ。そりゃ長い間やっていれば、浮き沈みありますからね。そういう状況だからこそ、むしろ何をやってもいいっていう雰囲気があって、ライブハウスのセオリーみたいなものを無視できたんですよ。たとえば、その頃あまりライブハウスではやってなかった「飲み放題をやってみよう」とか、1日5バンドが当たり前だっていうところを8バンドまで増やしてみたりとか。

JAMって敷居の低いハコだと思っているんです

状況とあわせて、固定観念がなかったことで好転したのかもしれませんね。

それはあると思います。“東京アンダーグラウンドの新宿JAM”に思い入れを持ってくれている人がたくさんいるけど、僕は大阪の人間だっていうこともあってその意識が薄かったところもあるし、JAMって敷居の低いハコだと思っているんです。大事なことは「こういうイベントをやりたい」「この人とこの人をつなげたい」っていう気持ちみたいなものだろうし、僕はずっとバンドをやっていたから、口に出さなくてもそんなの当然のことだと思っていて。たくさんのバンドが集まって音楽をやっていれば、ジャンルが違っても仲良くなれるだろうし、売れるヤツは放っておいても売れるだろうし。いろんなもんが出たり入ったりして、「ああ、楽しかったね」っていう場所が作れればいいなって感じでやってきましたね。

様々な感覚の音楽や人が集まることで生まれた物事が煮詰まって、濃密な空間を作っていく。新宿JAMという店名そのままですね。

ほかのハコでは「こいつらは出会わない」って思われるようなヤツらが友達になっていたりするのがJAMのいいところなのかも。たとえば、ハードコアと弾き語りを一緒にしたら「ここのブッキングマンは音楽をわかっていない」って批判されるかもしれないじゃないですか。同じジャンルのバンドを組み合わせれば、お客さんも見やすいだろうとは思います。でも、そういうのはバンドが企画でやるだろうから、ブッキングのとき僕はあえてごちゃごちゃにしていましたね。そうしていると日々変わっていくから楽しいんですよ。自分の知らない世界を見ている人と会えますから。

新宿JAM 石塚明彦さん

鉄板がないから、何が起こるかわからない

そんななかで、特に印象深かった出演者やブッキングはどんなものでしょう?

ストリップ嬢ですかね(笑)。一言でストリップっていうのも語弊があるかもしれない。歌って踊って最後は涙まで流すくらい、すさまじいエネルギーでステージに立っているんですよ。これこそロックや!と感動するものがありましたね。その日ブッキングしたバンドの子(まちぶせの野々山領)が自分のブログにそのときのことを書いてくれているんです。それって僕からしたら、うれしいことなんですよね。「なんでこんな人と一緒にやらないといけないんだ」「つまんない」って言われる日もあれば、意外なほど盛り上がる日もある。鉄板がないから、何が起こるかわからないんですよ。だから、そういうふうにその1日を思い出として書き残してくれたのは、すごくうれしいんです。

人の数だけ思い出やイメージのあるJAMですが、石塚さんにとっての新宿JAMとは、いったい何だったのでしょう?

僕、39才でバンドが解散したときに、途方に暮れていたんですよ。年間180本ライブをやったりCDを出したり、365日のうちのほとんどがバンド活動だったので、それがなくなってぽっかりと穴が空いちゃって。その“ぽっかり”が、JAMに来たときに埋まるような感覚だったんです。11年と数ヶ月、休みの日にも来ていたし、JAMに依存していましたね。だから、なんぞやと問われれば、僕そのもの…なんじゃないですかね。だからね、怖いんですよ。今はまだ全然感じてはいないけど、きっと喪失感はあるはずなので。

最後までこの空間を楽しみたい。実際、今めっちゃ楽しいんですよ

この取材時点(10月中旬)では、12月31日のスケジュールが空白ですが、“新宿JAM最後の夜”はどんなものになりそうですか?

今のところ、何も決めていないんですよ。みんな「爆破しようや!」とか言うんで、許可が降りるなら爆破したいですけどね(笑)。スケジュールが空いてさえいれば200時間ぶっ通しの“JAM FES”みたいなイベントをやろうかとも考えたんですけど、ありがたいことにドドドッと日程が埋まっちゃって。過去に出演してくれてて今も活躍中の人たちもすごく気にしてくれているっていうのは耳にしていて。うれしいことです。まあ、年末はいつもの仲間とワイワイやれたらいいなとは思っています。

現状、12月31日以降のことも特に具体的に決まっていないそうですね。移転の可能性や今後の石塚さんの行く先は?

実は、移転場所を探してはみたんです。ただ、いろいろな規制とかでライブハウスがやりにくくなっている現実もあって、現時点では何も決まっていないですね。閉店後の自分のことにしても、今はリアルには考えていないんですよ。ただ、僕の中のJAMは12月31日で終わるんだなって。この仕事は好きなので、どこかから声がかかれば行きたいなとは思っています。JAMじゃない人生だってあると思うんですよ。それはそれで楽しみだし、新しいじゃないですか。

固執せずに受け入れて楽しむその姿勢は、石塚さんがJAMでやってきたことそのままなんじゃないかと思います。

もちろん、12年近く慣れ親しんだこの場所と生活がなくなるわけで、正直強がりもありますよ。でも今は、12月31日を迎えるカウントダウンのなかで生きているので。そこだけを見ているし、「俺、JAMが終わったらもう死ぬねん」とも言ってられないし(笑)。まあ、最後までこの空間を楽しみたいですね。それに実際、今めっちゃ楽しいんですよ。

新宿JAM

新宿JAM

東京都新宿区歌舞伎町2-3-23 セントラルビル1F&B1F
03-3232-8169

37年の歴史を誇る新宿の老舗ライブハウス。キャパシティは200名ほどで、ステージと客席の間に柵はなく距離感の近いライブが楽しめる。8畳×4部屋のリハスタも併設。

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