音楽未来

2017.05.15

INTERVIEW

POLYSICS

vol.38 POLYSICS
―異端から先端へ―

結成から今年で20年。 テクノポップとエッジーなロックを融合させた音楽と 激しいライブパフォーマンスで名を広めた当初は “異端”の存在だったが、今やたくさんの 音楽ファンを虜にする“先端”のバンドへ。 マネージメントにもレーベルにも愛されてきた これまでの道のりを、メンバー3人に話してもらった。

text:石井恵梨子

 初期はメンバー交代が激しかったものの、マネージメントとレコードメーカーはただの一度も変わったことがない。それがPOLYSICSというバンドの愛され方を端的に表わしていると思う。エキセントリックに見えるが根幹はポップ。ただのネタでは終わらない音楽的素養と演奏技術。そして、リーダー、ハヤシの趣味が時代錯誤にしてマニアックすぎるから逆にタイムレス! 彼らが世の中に飛び出していけたのは、本人たちの意地というよりは、バンドの独創性に惚れたスタッフの熱量によるところが大きかった。遊びの延長からワールドワイドな存在へ。好きなことをやりつつもかたくなになりすぎず、今年でめでたく結成20周年を迎えたPOLYSICS。“三人四脚”で歩み続けた歴史をメンバーが語る。

やっぱり自分もヘンテコな音楽に出会って人生変えられたし。

遊びの延長でのスタート

UKプロジェクトからファーストが出るのは、結成から2年目のことです。事務所との出会いはどんな感じでした?

ハヤシえーとね、1998年の4月17日かな。のちにDECKRECのレーベルオーナーになる根本さん、ネモト・ド・ショボーレが下北沢Queでイベントをやって、ポリも誘ってもらったんですよ。トップバッターだしお客さんも5?6人なんだけど、でもリハーサルのときから「カッコいいね」って言ってくれる人がいて。それが初代マネージャーになるマスピー、増本さんだった。当時はUKプロジェクトの手伝いをしてたみたいで、ライブのあとも「めちゃくちゃ面白かったから、今度社長連れてくる!」って言ってくれて。で、そこからすぐUKの社長の遠藤(幸一)さんもライブに来てくれるようになったんだよね。打ち上げで話してるうちに「POLYSICSのCDを出したいんだ」なんて言われたり。俺はびっくりした…っていうか、あせってまずことわったんだけど。

え、そうなんですか?

ハヤシもともと小学校からの友達同士で始めたバンドだし、“この音楽で食う”なんて考えはまったくなくて。本当“ライブハウスでなんか遊ぼうよ、ディーヴォみたいな格好して変なことやろう”ぐらいの感覚だったから。でも結局はショボーレのラブコールがすごくて、CDを出すことになって。『1st P』が出るのは1999年の2月なんだけど、思えばその1年前くらいから、ずっとUKはかかわってくれましたね。

つまりPOLYSICSは、周りの大人、上の世代の人たちが背中を押してくれたおかげでデビューができたと。

ハヤシそれがなかったら普通に終わってたかもしれない(笑)。当時はわからなかったけど、やっぱ面白がられたのが大きいかな。特に1997〜98年って、テクノポップのテの字も、ニューウェイブのニュの字も日本になかったし、俺が高校の頃は世の中オアシスとかブラーとかレディオヘッドだったの。でも俺はそこに目もくれず、P-MODELとかヒカシューの再発盤を探し求めてて。そういうのが面白がられたのかな。“なんでこの時代にディーヴォ? なんなんだ、こいつら?”っていう。

フミ私は当時客で観てたけど、ほかはブリットポップやってる人が多くて、もっとスタイリッシュで。だからポリは逆に目を引いたかな。そこは大人が面白がってる理由と全然違ってたと思う。だってうちらの世代はディーヴォも知らないし懐かしいとは思わなくて。“なんかめちゃくちゃやってるヤツがいるなぁ!”みたいな。

ハヤシ最初は驚かせることと暴れることしか考えてなかったからね。ただ、いろんなイベントに出してもらうようになって、あまりにも自分たちのバンド体力がないことを痛感するの。あとは想像以上にイロモノとして見られてる、食パン投げることが注目されちゃってるとか。そこはバンド内でも温度差があって。1999年に日比谷野音のイベントに出たんだけど、あそこはもの投げちゃいけないの。食パンを投げられないことにメンバーは本気で落ち込んじゃって(笑)。でもそのあとにやった大阪城野音では思いっきり投げられて「いやあ、今日の食パンよく飛んだねぇ!」みたいな。そういうのに自分が耐えられなくなって、もっとロックバンドとして認められたいと思うようになったのかな。

POLYSICS

1999年、UKプロジェクトのDECKRECから「1st P」をリリースした頃。この年の夏にはフジロックにも出演。

もともと小学校からの友達同士で始めたバンドだし、音楽で食うなんて考えはまったくなくて。“ライブハウスで遊ぼうよ”ぐらいの感覚だったから。

脱テクノポップ!?

いよいよ活動が本格化していき、メジャーに移籍するのが2000年です。

ハヤシうん。まずスタジオとか環境がすごく良くなったんだよね。今までは自分の未熟さもあって音が軽かったけど、ベースにフミも入ったし、今のこの4人のロック感みたいなものを突き詰めたいって思いがあって。今までの、“キッチュでポップなテクノポップ”みたいなイメージを拭いたくて、それで作ったのがメジャーファーストの『NEU』でしたね。

ただ、失礼ながら、それ以降セールスは次第に落ちていくんですよね。それに対してはどう思っていましたか?

ハヤシもちろんあせるっていうか、“あれ? 自分のやりたいことが面白いと感じられてないんじゃないか?”っていうのはあった。メジャーセカンドの『ENO』あたりまでは、とにかくやりたいことをやれてうれしいっていう感覚だったけど、そのあとはモヤモヤする時期が長くて。

フミ当時は私とかメンバーが何か意見することもなかったしね。ハヤシが言ったことをやるよ、ぐらいの感じで、曲に口出しすることもなかったから。

ハヤシそうだね。で、自分がずっと感じてたモヤモヤが2003年の『カジャカジャグー』で爆発するの。“ポリはテクノポップというジャンルに入らない、もっとワケわかんないバンドのはずだ!”っていう思いがあって。それで「カジャカジャグー」っていう、意味はないけど語感の強さだけで成立する曲を作って。すごく手応えはあったんだけど、セールスはさらに落ちるわけですよ(笑)。しかも、そこで初期ドラムがやめちゃうんだよね。どうしようかなと思いつつ…ただ、この頃から海外にも行くようになるんだよね。

ライブバンドとして目覚めた海外ツアー

きっかけは何だったんですか?

ハヤシ『NEU』をアメリカで出すっていう話があって。Asian Man Recordsっていうパンク系レーベルなんだけど、オーナーのマイク・パークがディーヴォ好きだっていうのもあって。それで「出すならツアーやらない?」って言ってくれて。こっちとしても、今の日本でのもどかしい現状を変えたいっていうのもあって。

フミこの頃からバーッとライブが増えていくんだよね。『カジャカジャ?』までのモヤモヤした感じから抜けたというか。ドラマーは抜けちゃったけど、ハヤシのなかで“もうライブをガンガンやってくの!”みたいな気分があったんじゃない?

ハヤシうん。それまでのPOLYSICSって、そんなツアーバンドでもなかったけど。でも自分らとしてもライブで勝負したい気持ちはあって。やっぱアメリカツアーが大きいのかな。何か変わるきっかけになるならやってみたいと思ってたし、実際やってみたらすごく良かったし。

どんなところが変わりましたか?

ハヤシ初めてポリを観る人ばっかりで、ただでさえ意味わかんない日本語で歌ってるのに、言葉さえ通じない。そういうところでやると思考がめちゃくちゃシンプルになるの。いろいろつけ足すんじゃなくて“結局何を見せたいんだ?”っていう。ポリは結局、クレイジーで楽しいライブを見せたいバンドだし、その意識ひとつでやったらめちゃくちゃ盛り上がる。アメリカ人が大喜びしてて、最後ものすごい拍手が起こるわけ。だったらこの場をさらに楽しくしたい、少ない持ち時間のなかでお客さんに何を持ち帰ってもらおうかってことも考えるし。そのあと日本に帰ったらライブの雰囲気はだいぶ変わりましたね。もっと一緒に楽しくなりたい、そのためにどうするかを考えるようになったし。だから、お客さんのことやライブの空間をイメージしながら曲作りを始めるのが『Now is the time!』ぐらいからだね。

POLYSICS

2004年にヤノが加わり、2005年にはアルバム『Now is the time!』をリリース。海外ツアーも頻繁に行うようになり、ライブバンドとしての意識が高まってきた。

ずっと感じてたモヤモヤが爆発するの。“ポリはテクノポップというジャンルに入らない、もっとワケわかんないバンドのはずだ!”って。

ライブバンドとして武道館へ

このアルバムの制作前から加入したのが、ヤノくんでした。

ヤノだから、入る前の印象とはだいぶ違いましたね。それまで俺、POLYSICSのこともよく知らなかったんですよ。それこそ18才のときに香川のフェスで観たぐらいで、なんか都会の人たちがやってるイメージがあって。でも、入ってみたらびっくりするくらいライブバンドで。

ハヤシがっつり肉体派だった(笑)。ヤノが入ってから国内外問わずライブが増えたし、ヤノが入ったことで変わったこともあるし。うん、2004年からだいぶいろんなことが変わってきたかな。

あと『Now is the time!』は、メジャーデビュー以降初めてセールスが上がった作品でもあるんですよね。

ハヤシヤノが入ったことで突破口というか、何かが見えた気がしたんだよね。あとは偶然だけど海外でニューウェイブリバイバルがあって。それは自分にとって追い風だった。自分の好きな音色や雰囲気が、大人が懐かしがるだけじゃなくて、若い子にとっても新鮮に聴こえるっていう時代で。ディレクターの白井(嘉一郎)さんもニューウェイブ好きだから、相当意識して、かなり時間をかけてレコーディングしてましたね。それまで異端だったものを先端にしようって。

そこからライブがどんどん充実していく。武道館まで駆け上がっていったのは見ていても気持ち良かったです。

ハヤシあー…武道館の前に、日比谷野音でライブがあったんだよね。2007年の6月か。そこは本当達成感があったかな。それまではスタンディングのライブハウスで、ハイテンションでエキセントリックにやるぶんには得意なんだけど、でも椅子のある会場でどんなライブを見せるのか。そこは自分たちにとって挑戦だったし、こういう場所でもポリはできるんだって思えたことが大きかったと思う。

結果、ホール映えのする曲もできた。

ハヤシうん。フェスもだいぶ増えてきたし、後ろのほうにいる人でも、初見でも、なんとなく歌えるくらいキャッチーなもの。そういう意識は初めて出てきたかもしれない。もちろんそこにはスタッフとかディレクターの意見も入ってるし。

フミライブをみんな観てくれるからね。国内だけじゃなくて海外でも、みんなマメに細かく来てくれるから。そこで「こういう曲があるといいよね?」「こんな演出はどう?」みたいな意見がどんどん出てきて。

事務所、レーベルと“三人四脚”で

事務所と二人三脚、レコード会社とも二人三脚。三人四脚の関係がずっと変わっていないんでしょうね。

ヤノ俺、ポリに入るまでは、メジャーでやる=自分たちのやりたいことはできないと思ってたんですけど。それができてるってことに衝撃を受けましたね。

フミ「もっとわかりやすい言葉で歌え」みたいなこと、言われないもんね。

ハヤシあ、一回だけ『ENO』のときに「代表曲を作ってくれ!」って言われたことがあるんだよね。それで作ったのが「NEW WAVE JACKET」だった。

そんなふうに応援されながらメジャーで続けられるバンドって実はすごく珍しい。POLYSICSという希少動物をみんなで守ってるようでもあります(笑)。

フミ本当だね。“絶滅しちゃう!”って。

ヤノ絶滅危惧種!

ハヤシはははははははは!

バンドが劣化してないから応援できるんですよ。3人体制になったところでパワーダウンもしなかったし、“ポリ、なんか最近つまんなくなってきちゃった”と感じることも今のところない。

ハヤシそれは意識してるかな。どうやったら楽しませられるだろう、飽きられないんだろうっていうのもあるんだけど、まずは自分たちが飽きないように。たまに、ちょっと最近パターン化してるな、って思う瞬間があるのよ。それは気分だったりムードだったりするんだけど、そういう感覚にはすごく気をつけてると思う。

フミスタッフが気づかせてくれることも多いよね。たとえば新曲の「Tune Up!」のときは、まず曲出しをしたんだけど、「まあ…悪くないけどいつものポリだよね?」って言ってくれたり。そこで違う引き出しをポーンと開けてもらった。

ハヤシそうそう。「もっとこういうビートはどうだろう?」みたいな。そういう意見は自分たちも素直に聞くしね。

POLYSICS

2010年3月に行った10周年記念の初の武道館ワンマンを経て、同年8月に3人体制で再スタートを切った。

結局、クレイジーで楽しいライブを見せたい。だったらもっと一緒に楽しくなりたい、そのためにどうするかを考えるようになった。

異端から先端へ

みんな、ポリを面白がっていたいんだと思う。これは以前UK社長の遠藤さんから聞いた話ですけど「トップテンに入る音楽を産業として続けていくことも大事だけど、POLYSICSみたいなバンドを残していくことを、音楽業界にかかわる人間はみんなやりたいんじゃないか」って。

ハヤシえ、そうなの?

フミ“ポリみたいなバンド”って、音楽性の話じゃないからね?

ハヤシそれはわかってる(笑)。

万人ウケはしないけど、一部の人たちの人生を変えてきた強烈な音楽。そういう種を絶やしたくない気持ちが、この業界の人にはあるはずだっていう話でした。

ハヤシああ…でもそれはうれしい。自分もそうだったから。先人に対して失礼かもしれないけど、やっぱりヘンテコな音楽に出会って人生変えられたし、それは、そういう音楽を再発するためにがんばってくれた人がいたからだよね。たとえばビートルズだったら、コアなものを除けば、ちょっと調べればだいたい聴けるし知れるじゃない。でもドイツのノイ!だと、この音をちゃんとリリースしなきゃいけないと思う人がいなかったら誰も聴けないものになっていたかもしれない。俺はそういう音楽にびっくりしたし、夢中になってきたから。だから、ポリを通じて“こういう音楽があるんだよ、こんな音楽の楽しみ方があるんだよ”っていうことは伝えていきたいかな。そこは今、俺が言わないといけないんじゃないかなっていうふうに思ってる。

PROFILE

メンバーはハヤシ(g、vo、syn、prog)、フミ(b、syn、vo)、ヤノ(dr)。1997年にハヤシが高校生のときに結成。ツナギとバイザーのコスチュームや激しいライブで注目を集め、1999年にアルバム『1st P』でCDデビュー、2000年にマキシシングル「XCT」でキューンよりメジャーデビューを果たす。2010年3月にはメジャーデビュー10周年を記念し日本武道館でワンマンライブを行うが、この日を最後にメンバーのカヨが卒業。同年8月より3人体制で再スタートを切る。結成20周年を迎えた今年は、再録のベストアルバム『Replay!』を2月にリリース、6月3日(土)からは2マンツアー“POLYMPIC 2017”もスタート。

http://www.polysics.com/

RELEASE INFORMATION

re-recording best album『Replay!』

キューン/KSCL-2864〜65(限定盤)/発売中

キューン/KSCL-2866(通常盤)/発売中

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